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子供のころからの・・・

  • 2006/10/21(土) 21:35:46

昔からの癖というか、たまに、

無性に死ぬことが怖くなるときがあるんです。

たぶん死ぬ間際とかには考えられないんでしょうけど。


自分は今、五感を使って、世界を感じ取っている。

死んだら、この感覚はなくなるのかと思うと、

怖くてたまりません。

ただ、こう感じている時点で、自分はなかなかに幸せな人生を送れているんだな、と実感。

ま、それは満たされているとか、そういうことではないんですが。

人間、餓えてくらいのほうがいろんなことをできますからね。

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この記事に対するコメント

>所長さん
返信が送れて申し訳ない。 決して鬱とかにはなってませんよ?
単に忙しかっただけです。

確かに、自分のこの意識というやつは何か?というのはありますね。
化学反応だと割り切るのもアリとは思いますが、魂とかあってもいいような気がします。
目に見えるものだけがすべてではないというか。なにより、そんな考えでは人生が味気無いじゃないですかw

まあそれはさておき、人間って改めて考えると、毎日「死んで」いるような気がします。
睡眠時というのはこれがもうきれいさっぱり意識の無い状態で、意識が無いっていうのも、よくよく考えてみればそうだよね、ぐらいモノでしかなくて。
そこは圧倒的なまで「無」の世界です。
それは人が死んだ状態になるのと、ほんの一時でしょうが、同じことではないでしょうか?
ということは、人生の半分は「死」で満たされていることに。
そう考えると「死」そのものは別段苦しくも辛くも無い、言うほど悪くないモノなのでしょう。
(ああ、なんかRPGのラスボスみたいなこと言ってる。)
ただ、生きることの喜びを感じられなくなってしまうことはたまらなく辛い。
今こうしているときも、見知らぬ誰かの手によって、生み出される素敵な創作物(もちろんMPとかBBとか!!)を見れなくなるのは嫌です。

強いて言うなら、そんな作品たちといつまでも触れ合っていたい、同じ作品を好きな人たちといつまでも語り合いたい、というのが私の生きる理由なのかなと。
そしていつの日か、自分もそんな作品を生み出してみたいとも思うのです。

とまあ変なことをくっちゃべっていますが、生きることに意味は不要、なんの根拠が無くても、ただ、生きたい という意思だけで十分じゃないでしょうかね。

(と、所長さんに向けての返信なのに、あまり答えてないし、結論もよくわかんないし、変な文書書いてスイマセン(汗))

  • 投稿者: TOKIO
  • 2006/10/25(水) 21:13:45
  • [編集]

私は自分の意識や自我が何者かと考えることがよくありますね。
人間の思考や行動が脳という器官でのただの化学反応の結果なら、
大気が循環するように、全ての人間世界の事象は普通に機能するはずですが、
じゃあそれを「意識して」観測しているこの自分は何者なんだと。
肉体と精神のほかに「魂」の存在を訴える人がいるのは理解できます。
まあ、魂がサンの石の精霊みたいにその辺を飛んでいたり、
死後の世界があるとか、超常現象が起こるとか、
そういういかにもな人間らしい妄想は否定しますけどねw
他人は自分と違って自我や魂が存在するのか(他人は化学反応で動くだけの機械だと認識する人は
よく殺人とかやらかします。)、動物には魂はあるのか。
機械は魂を持ちえるのか。仮に自分の脳や身体と全く同じ組成で出来ている人間をコピーできたら、それにも同じ魂は宿るのか。
人間の自我意識は、犬とかが見せる恐怖や喜びと同じなのか本質的に違うのか…。その延長なのか。
深く考えすぎると麻薬中毒者みたいにラリっちゃいますがw

自分の場合はそういうことを考えることで死や魂の喪失の恐怖を感じることはあまりないです。
怖いのは痛みや苦しみだけで、ただ死ぬ感じというのは、いつも夜に眠りに付くときと同じようなものだと想像しています。
ほどほどに人間の意識とは何なのか考えるのはとても興味深くて面白いですね。
アレ?なんか自分妄想少年みたいだw

  • 投稿者: どこぞの所長
  • 2006/10/22(日) 03:32:51
  • [編集]

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