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3年位前に「泣く」ことがブームになってなかった?

  • 2007/02/25(日) 23:46:22

本日はちょっと、連投。


このブログを見ている方にちょいと聞きたい。

最後に泣いたのはいつですか?

それは、うれし涙ですか? それとも悲しみででたものですか?



あ、あくびででたものとか、角に足の小指をぶつけたときの痛みとかはなしですよ?w

かえる君の記事をみて、触発されて書いているわけですが、
内容自体は、その内容とは一切関係ありません。

ちなみに僕自身としては、一番最後に泣いたのは地元から遠く離れた場所へ下宿を始めた初日ですね。
恥ずかしながら、ボク、家族というか両親にはべったりなやつだったんですよ。
尊敬できる人物はと聞かれたら、父と母です、と即答するぐらいに(これはいまどき珍しい?)
一人暮らしになって晴れて自由の身を得られる喜びとかに震えるのではなく、
両親との縁がすごく希薄なものに感じられて、非常に寂しくなってしまったんですよ。
うちの両親って、けっこう壮年なんですね。
だからこのまま疎遠になって、会えなくなるんじゃないとか。
もちろん、そんなことは10年、20年、もっと先の話なのかもしれないけれど、急にそんな、今すぐではない、しかし確実にやってくる未来―現実―を感じるようになってしまったりして。

まあ、いまでは実家に帰ってもやることないし、居場所ないしで、そんな気持ちはどこかに追いやられてますけどw

要するに、いざそのときが来ても何も出来はしないので、甘えられるうちには甘えておきましょう。スネかじられるうちにスネをかじっておきましょう。親孝行なんて若いうちからやっておきましょう。という話です。
(親を憎む人もいるだろうし、親がいない人もいるかも。すべての人に向けての言葉ではないということだけ、書いておきます。)

と、まあこの話は本題とは一切関係はないんですがね。

さて、では最初の質問をちょっと限定して。
何を見て「泣き」ましたか?

小説ですか? 映画ですか? 

世には「泣ける」ことを売りにしている作品があったりしますが、それを薦められて、泣く人が果たしてどれだけいるのか。
そして泣いた人は、その「泣き」はどこまでのものなのか。

「泣ける」話で泣くのは「泣きたくて泣きたい」という欲求と、作り手の「泣き」の計算が一致するということでは? と思うです。

作者自身は泣ける作品書くということを意識して書いているわけではないかもしれませんし、「泣ける」というのは広報や口コミの「勝手な」評判でしかないのかもしれません。
でもそんな評判、評価を見た上で「泣く」というのは、やはり「泣きたくて泣いている(それがたとえ意識してなくても)」のだと思うし、「泣かされる」ことを望んでいるということだと思うんです。

ボクは、世間一般の評価というものに賛同できないことが多いです。
特に、映画。

ボクは映画でスクリーンに映し出される人々を見て。「○○」というキャラクターではなく「○○という役を演じている?」という認識でしか見ることが出来ないんです。
SFであれ、ファンタジーであれ、人が生身の演技を披露する現実に根ざした虚構には面白さを感じても、どこかにさめた自分さめている自分は「泣く」ことは出来ないんです。

じゃあ、虚構そのものであるマンガやアニメでならお前は泣けるのか、と聞かれたら答えはYESです。ただし、前情報は一切なしで(泣けるとか一言の評価でも)という条件はつきますけどね。
虚構そのものなら、虚構の中にある現実を認識しなくてすみます。
そして表現は虚構であるぶん、「泣かせる」計算をあからさまに出しても不自然ではない世界なのですから、よりストレートです。

とか何とか言っている私が、泣くつもりはなかったのに泣かされてしまった作品が二つあります。

一つは「ワンピース」
もういわずもがな、WJの看板作品です。
見事なまでに意図され、計算されたエピソードが山ほどあります。

もう一つは「SDガンダムフォース」
キッズ向け? のSDガンダムシリーズの地上波アニメとしては最新作にあたります。
こちらは、完全に不意打ちでした。最初はなんで泣いたかもわかりませんでした。
心のまっすぐな部分をまっすぐに描いた作品だった、とだけ言っておきましょうか。


話が脱線しすぎている気もします。すみません。
思考をただ垂れ流すだけじゃ、いけませんね。

え?とですね。不意打ちで泣くつもりもないのに泣けてしまえる作品に出会えることは非常に幸運ななことなので、その幸運を大事にしてほしい、ということを言いたいわけです。

やっぱりですね。泣くつもりもないのに(泣かないと心に決めるのではなくてね)泣くというのが、一番感情が震えるときだと思うので。


う?む、中盤はなんか喧嘩になりそうな内容だなあ(汗)

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この記事に対するコメント

うお、まさかLARKからコメントがもらえるとは。

需要がなけりゃ、商売として成立しないからね。そこに迎合するのも悪くない。が、どうにもこの社会流されやすいんだよな。
とはいえ斜に構えるのもご無体な話だと思うし。
作品と当人の間で需要と供給がかみ合ってるいればそれでいいというのには賛成。

  • 投稿者: TOKIO
  • 2007/02/27(火) 01:51:13
  • [編集]

ごめん上ミスりました。
消しておいてください。
泣ける作品=良作とは限らないよなぁ。
犬が死ぬ映画なんてそりゃ愛犬家は泣くわ。
自分が読んだ本当にすごい作品ってのは読み終わったあとに、うわぁなんだこれって自分ひとりじゃ感情が処理しきれなくなってとにかく誰かに話したくなる作品かな。
大衆映画や泣きゲーなどにおける泣けるという要素は、偽善というか優しい自分を褒めるみたいな自己満足的要素を孕んでいると思う。本来ならば当事者にならないと感情移入できるはずもないのに。
でもそんなこと考えなくて泣けるならなきゃいいし、好きなら好きでいいと思いますけど。
需要があって求める人がいるならいいじゃないと。

  • 投稿者: LARK
  • 2007/02/26(月) 22:40:50
  • [編集]

コメントをどうぞ

  • 投稿者: LARK
  • 2007/02/26(月) 22:28:48
  • [編集]

小説で泣けるのは、相当に読者側に想像力の素養が要求されるのかな、と思ったり。
紙媒体で、情報が文字だけなんだから、読者には文字で行われていることを頭の中でくみ上げることを要求されるじゃない?

どこまで視覚的情報と、聴覚的な情報を頭の中で構築、補完出来るかで、感動の度合いも変わってくると思うんだ。
映画やドラマ、ゲームやアニメに至るまで視覚的情報と聴覚的情報に直接的に訴えかけられるから、表現をオープンなものにすると涙も誘いやすいと思ってる。
ただ、それら表面的かつ直接的表現では、情報量に限界がある。
文字は、殊に細かいところまで描写してやることが出来るので、そこが強みなのだけど。

  • 投稿者: TOKIO
  • 2007/02/26(月) 15:22:27
  • [編集]

泣いた作品に「SDガンダムフォース」があげられてるのには度肝を抜かれましたw
私の場合……どうだろうなあ。本当に涙を流したのは五年前にやったゲームの『Air』。それと同時期、2ch閉鎖騒ぎの時に作られたフラッシュw 自分の書き込んだレスが一瞬画面に映ったとき「あ!あ!」となって気付けばポロリ。

ただ、なんだろうな。小説ではあんまり泣いたことはない。ぐっと感情が高ぶって涙腺が緩むことはあっても、涙まで流したことは……たぶん一回もないと思う。

  • 投稿者: かえる様
  • 2007/02/26(月) 13:26:22
  • [編集]

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